Lotus Sutra Chanting by Mandala Mari
Music Produced by kunjubihari.com
異空間にようこそ!
摩訶不思議メロディ「念彼観音力」
曼荼羅真理ボーカル
&kuniubihariプロデュース
★ミニアルバム発売中!!
曼荼羅真理のパステル曼荼羅アートがジャケットになっています。
downLoad購入がむつかしい場合は現物CDを¥2000-で販売中です。
下記ページよりお問い合わせください。
Mail to kunjubihari.com
CDジャケットArt Work & CD 版面のArt Work
&経文読誦 & ヴォーカルは、(C)2014 Mandala Mari
サンプリング協力は、Crystal-Bowls: ‐香穏‐kanon‐
CDジャケットデザイン&サウンドプロディユースは、kunjubihari.com
妙法蓮華経読誦・法華経(ほけきょう、ほっけきょうとも)は、大乗仏教の経典「サッダルマ・プンダリーカ・スートラ(saddharmapuNDariika-suutra)」(「正しい教えである白い蓮の花」の意)の漢訳での総称。経の字をはずすと「法華」になるが、これは一般に「ほっけ」と発音する。法華経は、インド大乗仏教初期に成立した経典で、すべての仏教テキストのうちでも、もっとも重要な経の一つ。
観世音菩薩があまねく衆生を救済することを説いて、観音(かんのん)信仰の根拠となり、この章が独立し、『観音経』として広く読まれて現在に至る。
このCDは、仏教僧による伝統的、読誦ではなく、現代社会広く流布にすることを願って、音楽的要素と融合させた作品です。主にインド古典音楽のリズムと経文一体化をお楽しみ下さい。
今後、如来寿量品、見宝塔品などを収録した作品を制作する予定です。
観世音菩薩普門品第二十五
仏は優れた姿をしておられるが、私は今重ねて次のことをお尋ねしたい。仏子は、どうして観世音と名づけられるのか。
優れた姿の仏は、詩の形で次のように無尽意菩薩に答えられた。
観音の修行がどんなに優れているかをよく聞くがよい。広き誓願は海のように深く、どれ程の時間をかけても人間の知恵には思いもおよばない。何千億の仏たちのもとで、大いなる清らかな願いを起こした。今私は、あなたのために簡単に説明しよう。
この菩薩の名を聞き、その姿を見て、心にしつかりとどめて空しく生きることがなければ、あらゆる苦しみは消滅する。
たとえ悪人が、悪意をもって燃えさかる火の穴に落とされても、観音の救いを心から念ずれば、火の穴はたちまち池に変わる。
あるいは大海の中を漂流して、龍や怪魚や鬼などに襲われても、この観音の救いを心から念ずれば、波の中に溺れることはない。
あるいは人に高い山の項きから落とされても、観音の救いを心から念ずれば、太陽のように空中にとどまることが出来る。
あるいは悪人どもに追われ、高い山から落ちても、この観音の救いを心から念ずれば、髪の毛一本傷つかない。
また強盗に囲まれ刀で殺されそうになっても、観音の救いを心から念ずれば、彼らの心はたちまち優しくなってしまう。
あるいは国王に捕えられ、刑場で処刑されそうになっても、この観音の救いを心から念ずれば、刀がばらばらに折れてしまう。
あるいは牢屋に入れられ、鎖につながれても、この観音の救いを心から念ずれば、たちまちに鎖は解けて自由となる。
あるいは呪いや毒薬のために命が危険にあっても、この観音の救いを心から念ずれば、殺そうとした人にそれらが戻っていく。
あるいは悪鬼や毒龍といったさまざまな怪物に出会っても、この観音の救いを心から念ずれば、どれもが害を与えないようになる。
もし猛獣に囲まれて、牙や爪で殺されそうになっても、この観音の救いを心から念ずれば、どこかへ走り去ってしまう。
とかげ、ヘび、まむし、さそりなどが毒気を吐いても、この観音の救いを心から念ずれば、念ずる声を聞くやはたちまちいなくなってしまう。
天がとどろき、いなずまが光り、ひょうが降り、大雨が降っても、この観音の救いを心から念ずれば、たちまちそれらは消散してしまう。
人々が困難にあい、さまざまな苦しみにさいなまれるとき、この観音の優れた力が、人々の苦しみを救ってくれる。神通力を全部そなえ、智恵に富んださまざまな手段によって、あらゆる方角にある国に姿を現わし、どんな国でも現われないことはない。
観音菩薩はさまざまな悪趣に出向き、地獄・餓鬼・畜生などによる苦しみと、生老病死の苦しみを、神通力と方便によって滅ぼしていく。
観音菩薩は真実の観、清浄の観があり、広大な智恵の観、憐れみと慈しみの観が備わっている。だからいつも観音菩薩の出現を願い、その姿を仰ぎみるべきである。
観音菩薩は汚れなく清らかな光に包まれ、太陽のごとき智恵の輝きがすべての闇を取り除き、よく炎の風や火を吹き消し、世間を照らす。あわれみの心は雷のように人々を守り、いつくしみの心が雲のように人々覆う。永遠の教えの雨を降らし、人々の煩悩の炎を鎮める。争いにまきこまれ法廷に連行され、戦場で死の危険にさらされたとき、この観音の力を念ずれば、あらゆる敵はみな逃げてしまう。
観音菩薩は優れた音、世間を観る音、梵天の音、大海の音を持ち、世界のあらゆる音に勝る音を持っている。したがって常にこの観音を念ぜよ。一念一念に念じて決して疑ってはならない。
この観世音という浄い聖者は、苦しみや死の苦難が訪れたときに、最後のよりどころとなるのである。あらゆる功徳を持ち、慈悲の目をもって人々を眺めている。その福の集まる姿は無量であり、だからこそ礼拝すべきである。